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イギリスの歴史や文化と関連することをいろいろと書いていきます。
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2013/02/12 (Tue)
先月の中頃以降、アイルランドやイギリスの大手スーパーマーケットでも売られている冷凍食品や大手ハンバーガーチェーン店でも用いられているバーガー等から馬肉が検出され、これがhorsemeat scandalとしてニュースなどで大きく取り上げられている。日本で昔あった食肉偽装と同じようなことがヨーロッパでも行われていたようである。馬肉が検出された食品では、肉の60~100%が馬肉であったということで、何らかのミスにより「混入」したというよりは、恐らくある段階で意図的に入れられたということなのだろう。

入っていた馬肉そのものは、健康に悪影響を与えるようなものではなかったようだが、いずれにしろ、表示と異なるものが入っていたということで、大きな問題となっている。食の安全や信頼性はそれ自体非常に重要なことだが、この問題がこれだけ大きく連日報道されている背後には、馬肉を食べることを一種のタブーとするイギリスの食文化も関係しているのかもしれない(もっとも、僕がいろいろ見てみた英米のニュースではこの種のことに関しては一切触れられていなかったが)。この問題が広く一般にhorsemeat scandalと呼ばれるようになったのも、horsemeatという語が馬肉を食べることを忌み嫌うイギリス人には非常にインパクトの強い言葉だからではないだろうか。例えば、馬肉ではなく豚肉が混入した場合に、その問題をpork scandal と言うかといえば、恐らくそうはならないであろう。

というわけで、今回の話題は、このニュースと関連して、イギリスではいつ頃から、またどうして馬肉を食べることがタブーとされるようになったのかについて。

5世紀中頃以降ブリテン島に侵入し、イングランドの基礎を築いたアングロ・サクソン人は、もともとユトランド半島やドイツ北部沿岸地域などに住んでいたゲルマン民族の一派であるが、ゲルマン人は馬を神聖な動物とし、これを生贄として神に捧げたり、あるいは生贄にした馬の肉をその後で食べたりしたという記録が残っている。以下にも見るように、アングロ・サクソン人も時に馬を食べることがあったようである。

このように、(異教時代の)ゲルマン人の間では、馬肉が食べられていたようだが、一方、キリスト教時代になると、教皇等教会の権力者がゲルマン系の人々に馬肉を食べてはならないと指導したことを示す文書が複数残っている。例えば、732年に教皇グレゴリウス3世が、現在のドイツ北部に当たる地域でゲルマン系の異教徒を改宗させるべく布教活動をしていたアングロ・サクソン人宣教師ボニファティウスに宛てた手紙の中には、次のような一節がある。

「それから特に、野生の馬を食べる者もおり、飼い慣らされた馬を食べる者も多くいるということであるが、この習慣は今後決して許してはならない。キリストの力に支えられ、これを何としてでも止めさせるように。また、これに違反した者に対しては適切な罪の償いを行わせるように。これは穢れた忌わしき行いである。」

同様に、751年に教皇ザカリアスがボニファティウスに宛てた書簡には以下のように述べられている。

「まず、鳥に関しては、コクマルガラス、カラス、コウノトリはキリスト教徒が食べるには不適切であり断固として避けられるべきである。さらに、ビーバー、野うさぎ、野生の馬はこれにも増して避けられるべきである。」

イングランドにおいても、786年に行われた公会議に出席した教皇の特使が、教皇ハドリアヌスに宛てた報告の中に次のような一節がある。

「多くの者達が馬肉を食すが、これは東方においては如何なるキリスト教徒もしないことである。この習慣をやめるよう。全ての行いを正しく、主に従って行うよう努力せよ。」

このように、8世紀ごろ以降、キリスト教に改宗しつつある人々、あるいは改宗してまだそれほど時間のたたない人々に対し、教会側がキリスト教徒は馬肉を食べてはならないと指導していたようである。馬肉を食べる習慣は、しばしば異教の生贄の儀式などと関連付けられたようで、異教的で忌み嫌うべきものとされたのである。

このような指導が浸透し、アングロ・サクソン人の間でも、食糧難など特殊な状況でない限りは馬肉を食べることをしなくなったようである。例えば、『アングロ・サクソン年代記』の893年の欄には、次のようなことが書かれている。

「皆が集まると、彼ら(アングロ・サクソン軍)はセヴァーン川の畔のブッティントンにおいてデーン人(ヴァイキング)の軍隊を襲撃し、彼らを砦の中に閉じ込め包囲した。何週間も川の両側に陣取り、王は海軍に対し西側のデヴォンに陣取り、包囲されたデーン人達は兵糧攻めで苦しみ、馬を殆ど食べてしまい、あるいは餓死して死んでしまった。」

ここでは、兵糧攻めにより食糧が尽きたヴァイキング軍が、ついに馬をも食べるに至ったが、それでもなお餓死者が出たということが述べられている。このような止むに止まれぬ状況になって、最後の最後に残されたものとして馬を食べたというような描写の仕方には、この時代のアングロ・サクソン人(あるいはイングランドに侵入してきたデーン人達)の間では、既に馬肉を食べる習慣が相当程廃れていたということがほのめかされているように思われる。

さらに、12世紀後半に書かれた『イーリーの書』の中には、「飢饉が深刻になり、人々は馬、犬、猫、人をも食べた」という一節がある。馬肉が犬や猫の肉、そして人肉と同列に扱われ、犬猫や人を食べるのと馬を食べるのが同じぐらい異常なこととして扱われている。

以上のように、書き残された記録を見る限り、イングランドでは遅くとも8世紀ごろには馬肉を食べることが禁止されるようになり、飢饉など特殊な場合を除きこれを食べることはなくなり、その結果として、12世紀後半までには犬猫や人の肉を食べるのと同様、馬の肉を食べるのも一種のタブーと感じられるようになっていたと言えそうである。それから現在までさらに800年以上の時間が経っており、その間ずっと馬肉を食べてこなかったことで、人々の馬を食べることに対する嫌悪感は恐らくより一層増しているものと思われる。

そういう文化的背景を持った人々にとっては、加工食品に馬肉が入っていたというのは非常にショッキングなことであり、また、horsemeat scandalという呼び名がセンセーショナルに響くのである。

以下は、horsemeat scandalを報じたCNNのニュース。この動画の終わり近くで、街角でインタビューを受けた女性が、馬は本当に大切にされるべき動物だと言っているが、イギリス人に馬を食べてはいけない理由を尋ねると、(何か答えてくれるとすれば)大抵、馬は高貴で尊厳ある動物で、人間の友達でもあるので大切にしないといけないというような答えが返ってくる。

http://www.youtube.com/watch?v=oMcyWCwah_k






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